谷津山の麓に位置する私たちの教会は、比較的交通の便のよい場所にありながら、緑豊かで静かな環境の中にあります。この場所に移転してから、60年以上が経過しました。その後、新会堂が建てられますが、オルガンの伴奏で歌う讃美歌がよく響く、ちょっぴり自慢できる会堂です。バリヤフリーの建築になっています。

 私たちの教会は、市内でも歴史のあるプロテスタント教会です。神学的にはメソジスト派の流れをくむ福音派に属する単立教会です。現在の主任牧師夫妻は、東京聖書学院というホーリネス系の超教派の神学校を卒業しています。市内のキリスト教会の団体である静岡市キリスト教連絡会及び静岡市キリスト教会連合会に加盟し、市内の教会とも連携を深めています。また、朝祷会という超教派の祈祷会が、毎週当教会を会場に行われています。

 「その枝(そのえだ)教会」という名称は、聖書から取らせていただきました。『わたし(イエス・キリスト)はぶどうの木、あなたがたはその枝である。もし人がわたしにつながっており、またわたしがその人とつながっておれば、その人は実を豊かに結ぶようになる。』(新約聖書 ヨハネによる福音書15章5節)というところからです。教会に集う全ての人が、キリストにしっかりつながり、豊かな人生の実を結んでいけるように、そんな願いが込められています。
 
     その枝教会の歩み

1923年 鷹匠町で独立伝道開始。初代牧師は飯野十造・マス夫妻。
1924年 音羽町に会堂を新築する。
1925年 牧師夫妻、ハンセン氏病患者の救済と伝道を始める。
1935年 ハンセン氏病の救済施設として、愛の家を沓谷に設立する。
1941年 戦時下の宗教団体法により、日本基督教団に吸収される。
1945年 静岡空襲時に音羽町の会堂全焼。沓谷(現在地)に移転。
       終戦と同時に、戦争責任を感じ教会活動を一時中止。
1946年 牧師、神の再召命を受け、日本基督教団を出、単立教会として礼拝を再開。
       同時に、ハンセン氏病患者への救済と伝道を再開。
1958年 飯野保路・美喜子夫妻、大阪府堺市の浜寺聖書教会より牧師として着任。
1967年 十造牧師召天。
1986年 新会堂献堂。2年後に牧師館の新築。
1991年 飯野優牧師着任。
1993年 創立70周年記念誌発行。会堂の構外工事が完成し、駐車場等も整えられる。
1999年 飯野弥生牧師、結婚を通し着任。
2001年 教会の名称を「静岡其枝基督教会」から「静岡その枝キリスト教会」に正式に変更する。
2005年 教会学校教室など、会堂増築完成。別棟牧師館完成。
2017年 保路牧師召天。
       敷地内に新納骨堂完成。
 
 当教会は、正統的な聖書信仰に基づくキリスト教会です。最近のキリスト教系と言われる新興宗教(エホバの証人【ものみの塔】、統一教会、モルモン教)などとは、信仰的に異質のグループです。これらの問題でお悩みの方は、教会までご相談ください。