2004年4月22日

会ってお話しすることの意味
 深刻な問題を抱えていらっしゃる方からファックスで相談を受けた。とても忙しい方でもあるし、すぐに返事を差し上げることがよいのではないかと思い、手紙でお返事を書いた。ところが、今朝ファックスの返信があり、もうコンタクトは必要ないと書かれてあり、ショックを受けた。手紙に書いたことなど、いろいろ考えさせられたが、こういう場合、お会いして話さなければ、相手の方の気持ちを十分に理解することもできないし、こちらの思いも十分には伝えられないことを痛感した。初歩的な失敗をしてしまった。信頼をして相談くださった相手の方に心からお詫びをしなければいけないと共に、主がみこころならば、再び会って話す機会を与えて下さるようにと祈らされた。
2004年3月23日

うぐいすの初鳴き
 朝、ウォーキングをする帰りに、教会近くでうぐいすの鳴く声を聞いた。何度も何度も鳴いていたので、学校の木にとまって鳴くその姿まで見ることができた。いつもは、声は聞いても、どこで鳴いているのかわからないことがほとんどだが、小さい体全体を震わせながら鳴くその姿に何か感動した。昨日は、伊豆や東京で雪が降ったとか。桜は開花宣言が出たものの、まだフリーズしたままだが、別の春の訪れに何かさわやかな感じがした。
2004年2月13日

みんなで片づけをする
 障害を負われたある教会員が、それまで住んでいた自宅を離れ、施設に入所されることとなったので、その方の借家の片づけに、教会員の皆さんと出かけた。6人で働いたので、半日くらいで片づけることができた。いつも心にあっても、具体的に人々のために労することの少ない自分であることを痛感させられているが、少しでもそのように働くことができたこと、また教会のみんなで働くことができたことが何より嬉しく思った。ここちよい疲労感だった。
2004年1月25日

親子で祈る姿に感動
 礼拝後、少し時間があったので、病院に入院されている信徒の方を訪問した。ある一人の方のところに行くと、入院中のお母さんと、その息子さん(二人ともクリスチャン)が、手を取り合って祈っていた。息子さんがこれから仕事に行くという時だったようだ。いつもそうしていらっしゃるのではないかと思った。その何とも言えない温かい姿に感動した。親子でクリスチャンといっても、このようにすることは簡単ではないと思う。神が、このような親子の祈りをきっときいてくださるに違いないと思った。
2003年12月26日

ハンセン病施設の教会
 御殿場市神山にある駿河療養所というハンセン病施設内にある教会(神山教会)にクリスマスの訪問に出かけた。クリスマス礼拝をささげ、ケーキをいただいたりして交わりのひとときを持たせていただくためだ。こちらから出席した者は5名、あちらの出席者は5名。最近の礼拝では、出席者は3名とのこと。「いよいよ終焉です」と、一人の方が話しておられた。礼拝堂の壁には、「最後の一人となるまで、礼拝をささげ続ける」という旨が記され掲示されているが、ハンセン病の患者が少なくなることは幸いであるけれども、そうして教会が終焉を迎えるということは何か寂しい気持ちもした。帰りに、施設内の病院に入院されている方々を訪問。最後まで祈り支え、よい交わりを続けていきたいと、こころから願わされた。
2003年12月3日

救いのご計画の偉大さに感動!
 今、祈祷会の説教ではヨハネの黙示録を連続で講解説教していて、最後まで近づいてきた。最後の審判と、救いの完成の部分にいよいよ入っている。黙示録は、黙示文学という特別な文章で記されているので(象徴的な表現が多く、一読しただけでは何のことかよくわかりにくい)様々な書物を通して学ぶうちに、神の救いのご計画の偉大さに本当に感動した。こんな私たちに、このような神の奥義を知らせていただき、その救いに預からせていただいたばかりか、それを伝える特権を与えられていることを思い、畏敬の念を抱きつつも、感謝があふれ、胸が熱くなってしまった…。
2003年11月17日

大型テント購入!
 教会で大型テントを購入した。テントと言っても、キャンプ用の宿泊のためのものではなく、集会用テント(運動会などで見かけるタイプ)だ。なぜ購入したかというと、バザーで模擬店を出店するときに使うためと、もう一つは防災用。万が一地震が来た時、救援物資等をそのテントに置いたり、あるいは野外での炊き出しなどに利用できるだろうということだ。そのため、テントの横幕(ぐるりと周囲を取り囲むもの)も購入する。ちなみに大きさは2間×4間の大型のもので、約15万円だった。地震が来たら、教会に避難してくる方もいらっしゃるかもしれないと、数年前から備えをしていこうということで、廃品回収等のお金を積み立てている。しかしながら、防災用としては使いたくないと思うのだが…。
2003年11月2日
 
恵朗クラブの働き
私たちの教会では、地域の高齢者のための集会「恵朗クラブ」を行っている。何をしているかというと、讃美歌、聖書からのショートメッセージ、クイズ、手芸、軽い体操、季節の歌などで、昼食は教会員の女性たちが手作り料理でおもてなししている。地域に仕えるための集会で、営利を目的としていないので、会費は一回¥350(昼食材料費のみ)だ。月に一回ずつではあるが、今年で15年目を迎え、146回となった。この間、地域の方々が多数おいでくださり、高齢者でいらっしゃるので、どうしてもおいでになれなくなる方も起こってくるが、新しい方々も加えられて保たれて来た。教会は、福音を宣べ伝えることが大切な使命だが、それは教会外部の方から見れば、自分たちの勢力を拡大しようとしているだけと見られるだろう(どの教会も、そのような自己目的的動機で伝道はしていないと思うが…)。少しずつでも地域に仕えることが、隣人を愛するという主イエスの教えを実践することになり、そういう働きをしていくことが地域に深く定着していく上で大切だと思う。教会が地域に仕えるために、何ができるのか、真剣に考えつつ少しでも間口を広げていきたいものだと思う。
2003年10月26日

国際飢餓対策機構の働き
私たちの教会は、クリスチャンの団体である日本国際飢餓対策機構という団体に協力し、これをサポートしているが、今日はカンボジアで働いてこられた女性の方に、その働きの報告をしていただく機会があった。カンボジアでは、内戦の影響もあり、女性は未だに教育を受ける機会もほとんどないそうだ。もちろん、食料も賃金も乏しい。そういう国に行って、ただ食物を与えるだけでなく、その人々が自立していくためのサポートをするのが、この団体の働きだ。このスタッフは、農村の家庭を戸別訪問し、教育の必要性を訴えたり(そういう機会を設けたり)、健康教育をしたり、地道な働きをしてこられたということを伺った。私たちも、わずかながら、そのような働きをサポートすることができて感謝すると共に、不景気だとは言っても日本は本当に恵まれていることを思い、もっと視野を広げ、神様から喜んで与える愛を与えていただいて進んでいきたいと感じた。世界には今、一日4万人もの餓死者がいるそうだ。
2003年10月13日

80周年記念感謝礼拝
今日は、教会創立80周年の記念感謝礼拝と、記念コンサートを行った。教会員は元より、地域の方々、遠隔地にあって教会の働きを支えてくださった方々、教会員の家族、市内の教会の先生方など、多くの方がおいでくださり、感謝のひとときを持たせていただいた。教会は、関係者だけががんばっているように見えても、多くの方々の理解と協力があり、またクリスチャンの方々の祈りがあって支えられていることを改めて実感した。教会の歴史を振り返ってみると、本当に忠実な歩みをし、社会に仕えられた信仰の先輩も多く、それらの方々の働きに心から感謝すると共に、私たちも今この時代に生かされている者として、しっかりと信仰に立って、一歩ずつ歩んでいくことの大切さを思わされた。主よ、どうぞこれからも教会の真の導き手として導いてくださいと祈らされた。
2003年9月19日

福音放送の働き
 静岡では、毎週土曜日の朝5時から「ライフライン」という福音放送(キリスト教番組)を放映している。早朝の番組にもかかわらず、視聴率が3%近くになることもしばしばある。放送エリア内が120万世帯なので、約3万人がこんなに朝早くから見ていてくださることになる。福音を伝えると言っても、いろいろ難しい問題のある今の時代、このようなメディアを用いて、広くあまねく福音を伝え続けることの大切さを思うと共に、こういう放送を通して教会に少しでも近づけられる人が起こされることを願ってやまない。放送のための費用も相当かかり、経済的にはなかなか困難の面もあるが、県内の60近くの教会と有志のサポーターの方、そして献金のような思いで協力してくださる企業の方…、そういう方の祈りと支援で支えられてきた。もう十数年続けているが、これからも何とか続けていけるように主に祈る日々だ。